――パピヨン様は、その夜自室を空けられていた。丁度良い、と思い、この間にわたしは軽くではあるがパピヨン様の部屋の掃除をすることにした。
何しろパピヨン様はあまり外出もせず、そしてこの部屋ですごす殆どの時間は、再生したての躰をいたわるようにベッドの上にねころがりながら食事、および読書のみぐらいしかしていなかった。さらに付け加えるならば、その読書というものが年期の入った古書の為、ホコリが舞うこと、このうえないのだった。
薄暗い中、わたしは主のいない部屋をホウキで掃いていた。
がちゃり。
そう音がしたと思うと、きゅうにパピヨン様の部屋の入口が開いた。
「――っ、パピヨン様?」
わたしはそのパピヨン様を見、一瞬躰をこわばらてしまった。その半身が血で真っ赤に染め抜かれていたからである。パピヨン様は何者かの血液を被ったそのまま自室に入室していらっしゃったのだ。しかしそれも一瞬、はっと我に返ったわたしはあわててわたしはパピヨン様に告げた。
「パピヨン様……、お体を流しませんと。よろしければ、わたくしが。」
「………………。」
パピヨン様はその問いに無言ではいたものの、わたしの申し出を特に断るふうもなかったので、血にまみれたその服をお脱がせした後、わたしも服を脱ぎ、風呂場へと連れ添った。
わたしは手に持った桶を浴槽に沈め、湯をすくいパピヨン様の身に浴びせると躰についていた血はすこしずつ流れていった。
だがやはり、一度ですべては流れ得ず、わたしは湯でしめらせた手拭いで、パピヨン様の躰を撫ぜた。
――ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
何しろパピヨン様はあまり外出もせず、そしてこの部屋ですごす殆どの時間は、再生したての躰をいたわるようにベッドの上にねころがりながら食事、および読書のみぐらいしかしていなかった。さらに付け加えるならば、その読書というものが年期の入った古書の為、ホコリが舞うこと、このうえないのだった。
薄暗い中、わたしは主のいない部屋をホウキで掃いていた。
がちゃり。
そう音がしたと思うと、きゅうにパピヨン様の部屋の入口が開いた。
「――っ、パピヨン様?」
わたしはそのパピヨン様を見、一瞬躰をこわばらてしまった。その半身が血で真っ赤に染め抜かれていたからである。パピヨン様は何者かの血液を被ったそのまま自室に入室していらっしゃったのだ。しかしそれも一瞬、はっと我に返ったわたしはあわててわたしはパピヨン様に告げた。
「パピヨン様……、お体を流しませんと。よろしければ、わたくしが。」
「………………。」
パピヨン様はその問いに無言ではいたものの、わたしの申し出を特に断るふうもなかったので、血にまみれたその服をお脱がせした後、わたしも服を脱ぎ、風呂場へと連れ添った。
わたしは手に持った桶を浴槽に沈め、湯をすくいパピヨン様の身に浴びせると躰についていた血はすこしずつ流れていった。
だがやはり、一度ですべては流れ得ず、わたしは湯でしめらせた手拭いで、パピヨン様の躰を撫ぜた。
――ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学
……2時間前、場面はバタフライの自室。
窓を覗くと黒い雲が空をうめつくしていた。さらに空気は雨の臭いを持った風で満ちているという不気味な夜だった。
そのとき、三日月の輪郭を持つ男―ムーンフェイスが、L・X・Eの総帥……バタフライにひとつの報告をしていた。
「むーん、バタフライ? こないだ処分を決定した信奉者のヤツラのうちの一人が逃げ出したようだね、どうする?」
「……下らんな。今回処分するヤツラは皆非戦闘員ときたものだ。恐怖への耐性など有るわけもなし。こんな時はそう、みっともなく取り乱すだけだろうよ」
バタフライはひややかに言い放つ。
「……フム。あの女の信奉者か。……儂が食おうかとか思っていたのだがまあいい。完成したばかりのあの調整体の実験体にする。格好の栄養源になるしな。ヤツに喰わせる」
――アフォフォオォ……オォ……。
躰全体にひび割れを持つグロテクスな巨体。
夜風に低く長く響き渡る声。
そしてずしんずしんと大地を鳴らしながら踏みしめる足音。
その3つを備えた巨人が現れていた。
「林の中ほうに逃げ込んだようだな。シロウト考えというか……、女の足だとかえって歩きにくいだろうが。第一調整体ならば嗅覚からも場所を割り出せる。……直ぐに見つかる」
案の定、林の中でウロウロと迷い、あげく根に足をとられにっちもさっちもいかなくなっていた所を捕獲されてしまった。
「どうせ明日にでも処分する予定だったからな。さっさと喰らわせてしまうか……。調整体よ、行け……!」
おそらくそれには食欲以外の欲求がないのか。バタフライがほどこしていた戒めが解かれるとまっすぐにその女性へと向かっていった。
「いや……、たすけ……ッ!!」
女性は悲鳴をあげる間もなく、調整体に両手でがば、と捕獲され、すると叫ぶ間もなくその女性は牙を立てた調整体にガツ、ガツと頭から喰われ、そのまま全身を餌食とされてしまったのである。
「面倒をかけおって。だがまあ……、これで直ぐにも実戦に耐えうるということが証明されたか。今日はこの辺で帰るか」
そう言うと、バタフライは調整体の動きを制御するための戒めをかけようと、近づいたが……。
ムガアアアアッ……!!
するとどうだろう。先程女を一人食べて欲求を満たし、温柔な状態を保っていたかと思われた調整体が再び暴れだしたのだ。
「…………? まだ欲求がおさえきれないのか? しょうがない、適当に食事を与えるか。一緒に持ってきていた鳥を適当に喰わせておけ」
バタフライは部下にそう告げた。すると既に死んではいるが、頭や羽の付いたままの鳥が2〜3羽ばさっ、と調整体の眼前に捨て置かれた。調整体は荒い息を吐きながら、ばきばきと骨を鳴らし、一気に丸呑みする。
ギャアアッ―――!!!
びりびりと空気を震わせる、おおきな怒号があたりに響いていた。
「フム。攻撃力を高くしようとするあまり肉体へかかる欲求が高まりすぎたかね? まあいい。この位の調整なら直ぐ終――」
すると、どうしたことだろうか……? 調整体は自我を失っているのに……、いや、奪われたはずであったが、両手で頭を被い、苦悩しはじめたのだ。理性の境界線上で心の綱引きをしているとでも言えばいいか。
「つまらん!! こんな人形に理性など、残っている筈がないのだ!!」
チッ、と舌打ちし、バタフライがイラ立った、その瞬間……。
ひゅうん……。
ざくっ。
「……?!」
バタフライが気を取られたその一瞬、調整体を突き刺す刃があった。
それは夜の闇に舞う、ひとすじの光。
――いや、刃と思ったのはそれがあまりにも疾かったから。そしてその光はあっというまに調整体を下から上へと切り上げていった。やがてキュン! と音がするとその光に調整体の肉体は吸い取られ、事は終わった。その光は大地に降り立つと、人間の形をなしえた。……それはパピヨンだった。
バタフライは、パピヨンに振り向くといらだちを隠せずこう言い放った。
「……パピヨンか。何故ここにいた。貴様にコレの討伐の命なぞ出してなかった。何をする」
「何をする、とはごあいさつだな。単に夜風に乗って、散歩をしていただけさ。それとコイツ……、こんな暴走を始めていたんだ。始末するしかなかったろうに。むしろ感謝してもらいたいな」
「……散歩、か。どうとでも言えるな。どうせ貴様は、少しでも多くエネルギーを溜めるため、人喰いがしたかったのではないのか? その為の散歩か?」
「ま、ご自由に思ってくれていいさ。……それじゃ失礼」
「………………。」
パピヨンはそう言い残すと、バタフライに背を向け、歩き去った。
窓を覗くと黒い雲が空をうめつくしていた。さらに空気は雨の臭いを持った風で満ちているという不気味な夜だった。
そのとき、三日月の輪郭を持つ男―ムーンフェイスが、L・X・Eの総帥……バタフライにひとつの報告をしていた。
「むーん、バタフライ? こないだ処分を決定した信奉者のヤツラのうちの一人が逃げ出したようだね、どうする?」
「……下らんな。今回処分するヤツラは皆非戦闘員ときたものだ。恐怖への耐性など有るわけもなし。こんな時はそう、みっともなく取り乱すだけだろうよ」
バタフライはひややかに言い放つ。
「……フム。あの女の信奉者か。……儂が食おうかとか思っていたのだがまあいい。完成したばかりのあの調整体の実験体にする。格好の栄養源になるしな。ヤツに喰わせる」
――アフォフォオォ……オォ……。
躰全体にひび割れを持つグロテクスな巨体。
夜風に低く長く響き渡る声。
そしてずしんずしんと大地を鳴らしながら踏みしめる足音。
その3つを備えた巨人が現れていた。
「林の中ほうに逃げ込んだようだな。シロウト考えというか……、女の足だとかえって歩きにくいだろうが。第一調整体ならば嗅覚からも場所を割り出せる。……直ぐに見つかる」
案の定、林の中でウロウロと迷い、あげく根に足をとられにっちもさっちもいかなくなっていた所を捕獲されてしまった。
「どうせ明日にでも処分する予定だったからな。さっさと喰らわせてしまうか……。調整体よ、行け……!」
おそらくそれには食欲以外の欲求がないのか。バタフライがほどこしていた戒めが解かれるとまっすぐにその女性へと向かっていった。
「いや……、たすけ……ッ!!」
女性は悲鳴をあげる間もなく、調整体に両手でがば、と捕獲され、すると叫ぶ間もなくその女性は牙を立てた調整体にガツ、ガツと頭から喰われ、そのまま全身を餌食とされてしまったのである。
「面倒をかけおって。だがまあ……、これで直ぐにも実戦に耐えうるということが証明されたか。今日はこの辺で帰るか」
そう言うと、バタフライは調整体の動きを制御するための戒めをかけようと、近づいたが……。
ムガアアアアッ……!!
するとどうだろう。先程女を一人食べて欲求を満たし、温柔な状態を保っていたかと思われた調整体が再び暴れだしたのだ。
「…………? まだ欲求がおさえきれないのか? しょうがない、適当に食事を与えるか。一緒に持ってきていた鳥を適当に喰わせておけ」
バタフライは部下にそう告げた。すると既に死んではいるが、頭や羽の付いたままの鳥が2〜3羽ばさっ、と調整体の眼前に捨て置かれた。調整体は荒い息を吐きながら、ばきばきと骨を鳴らし、一気に丸呑みする。
ギャアアッ―――!!!
びりびりと空気を震わせる、おおきな怒号があたりに響いていた。
「フム。攻撃力を高くしようとするあまり肉体へかかる欲求が高まりすぎたかね? まあいい。この位の調整なら直ぐ終――」
すると、どうしたことだろうか……? 調整体は自我を失っているのに……、いや、奪われたはずであったが、両手で頭を被い、苦悩しはじめたのだ。理性の境界線上で心の綱引きをしているとでも言えばいいか。
「つまらん!! こんな人形に理性など、残っている筈がないのだ!!」
チッ、と舌打ちし、バタフライがイラ立った、その瞬間……。
ひゅうん……。
ざくっ。
「……?!」
バタフライが気を取られたその一瞬、調整体を突き刺す刃があった。
それは夜の闇に舞う、ひとすじの光。
――いや、刃と思ったのはそれがあまりにも疾かったから。そしてその光はあっというまに調整体を下から上へと切り上げていった。やがてキュン! と音がするとその光に調整体の肉体は吸い取られ、事は終わった。その光は大地に降り立つと、人間の形をなしえた。……それはパピヨンだった。
バタフライは、パピヨンに振り向くといらだちを隠せずこう言い放った。
「……パピヨンか。何故ここにいた。貴様にコレの討伐の命なぞ出してなかった。何をする」
「何をする、とはごあいさつだな。単に夜風に乗って、散歩をしていただけさ。それとコイツ……、こんな暴走を始めていたんだ。始末するしかなかったろうに。むしろ感謝してもらいたいな」
「……散歩、か。どうとでも言えるな。どうせ貴様は、少しでも多くエネルギーを溜めるため、人喰いがしたかったのではないのか? その為の散歩か?」
「ま、ご自由に思ってくれていいさ。……それじゃ失礼」
「………………。」
パピヨンはそう言い残すと、バタフライに背を向け、歩き去った。
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学
――場面は再びパピヨンの浴室。
★★★
「……人喰いを、なさってきたのですか? 今の人喰い行動は反乱分子と見られ、危険ですが……」
わたしはパピヨン様の体を洗い清めながら話をしていた。
「……明日処分予定の信奉者が逃げたようでな。そいつを捕まえるのにバタフライが例の調整体を出していた。それは結局信奉者を始末したあげく、暴走をしたが」
「ああ……、そういえば調整体が一体引き出されていくのは見ました。何のテストを行うのかと思いましたが」
「ま、丁度いいのでそいつを喰ってきた。というワケで別段心配はいらん」
その時同時に、わたしの頭の片隅からひとつの情報が引き出され、それは小さなつぶやきとなり、口をついた。
「……あ、それのポッド番号はN-05……? その信奉者の夫、だっけ……」
「そのせいで理性とやらを取り戻して、暴れたとかいうのか? ふん、つまらん」
「あ、いえ単なる独り言で……。パピヨン様がお気になさるようなコトでは……」
あわててわたしはクチを挟んだ。すると、パピヨン様はその鋭い眼(まなこ)でこちらに見やると言った。
「お前が言うと、気にしてくれと言わんばかりだな」
そのまま短い無言の時間。そしてパピヨン様はわたしに問いかける。
「お前はヒトを喰わないのか」
わたしは一瞬問いにつまった。わたしは小さくだが、クチを半開きにして静止してしまった。
「食べなくても……平気です。半分は人間ですから、純粋なホムンクルスより人喰いに欲するエネルギーは低いので……」
「ならばヒトを喰いたい衝動はないのか」
わたしは……、小さい声で答えた。
「…………僅かながら」
パピヨン様は再び問いかける。
「喰うことに対して、怖れでも抱いているのか?」
「……恐怖かもしれないし、言い換えてしまえば別のコト、です」
「もったいつけるな。まどろっこしいのは嫌いだ」
パピヨン様は、とまどいよどんだわたしの口調にいらだち、せっつかせた。
「ハーフ・ホムンクルスですから。……ヒトを喰わない存在が混濁している故、ヒトを喰うことは理性への浸食です。……ですから、人喰いを拒否することが理性の確立に繋がっているのかもしれませんね……」
「……つまりソレを認めているなら。理性と相反する心の暗黒面……、欲望に引きずり込まれるのは簡単ということだな?」
パピヨン様は意地悪のつもりなのか、軽く、くっくと含み笑いをした。
でも。
でも、わたしは自分の理性というものは、触れたことはなかったのだろう。
わたしは生まれてすぐ、フラスコの中に入れられて。
それはつきささるようなつめたい痛さで、わたしを取り囲むことしかしてくれなかった。
そこでもたらされた自身の肉も、やっぱりつめたくて。
さらにバタフライが、追い打ちのようにつめたい欲望の炎をたっぷりと注いだりした。
あまりに辛く痛い仕打ちだったので、わたしは自分で自分の心を凍らせ、それ以上の黒い浸食を防いだ。
心が止まってしまったから、理性も、感情も麻痺してしまった。
だからわたしは、バタフライの非情な命令にも従えることが出来た。
――それゆえ、さらに心は凍ってしまって、わたしの時は止まってしまって。
わたしはホムンクルスよりホムンクルスらしいホムンクルスになっていて。
どんどんと心は氷でくるまれていってしまった。
それはもう溶けることはないだろうと思っていた。
けれども。
わたしから持ちかけた行為だけれども。
僅かなチャンスというもの、それにすがりたい気持ちは持っていたらしい。
それがパピヨン様の存在だった。
この方と共同戦線尚且つ、わたしは内部で情報提供をしてパピヨン様への力を付けさせる、という。
それはきっとバタフライを斃すことに繋がる、と、保証はないのだが思えていた。
そうして契約をするべく、肉体を切り開き、熱い血液を流したそのとき。
この方に肉体、いや心の核というものに触れられてしまったらしい。
それはわたしが生まれてからわたし自身も一度も触れ得なかったものである。
バタフライを斃すという、その目的が同じだっただけなのに。
なんていうことだろう。
わたしはこの方に取り込まれてしまったらしい。
★★★
帰蝶はなんとなく感じていた。
この主には……、そう。これから永遠にも似た時間を尽くしていくのかもしれない……と。
そうなのだ。
それはもはや義務ではなく、自分が欲していた……、恋慕の感情であった、というとに気がつくのは、もう少しあとのことだった。
【2008/06/24UP★『羽の帰る場所』・了】
(2006/1/12)・(タイトル改題…2006/6/13)
――――――――――――――――――――――――――――――――――
『あとがき(2008/6Ver.)』
これはピリオドで打ちのめされやしないかと思ってあせって書いた作品でしたね(^_^; もー打ち切りでへろへろふにゃふにゃになってたのよ〜(泣) あれで更新しばらく止まってたから。ヘタレですので。
と、いうかこれ書き直したら3話目の後半がほぼ別物になりました(笑) いやもう一人の世界に入ってわけわからん状態になってましたので(爆) 文字モノはもうすこし分かり易く書こうね……。絵がないんだから……。
つかこれってもしかして帰蝶恋愛シバリのハシリ……だろうか? うほう。
で、なんで風呂シーンがあるかというと、風呂場でネタを思い付いたからです。それだけ。
★★★
「……人喰いを、なさってきたのですか? 今の人喰い行動は反乱分子と見られ、危険ですが……」
わたしはパピヨン様の体を洗い清めながら話をしていた。
「……明日処分予定の信奉者が逃げたようでな。そいつを捕まえるのにバタフライが例の調整体を出していた。それは結局信奉者を始末したあげく、暴走をしたが」
「ああ……、そういえば調整体が一体引き出されていくのは見ました。何のテストを行うのかと思いましたが」
「ま、丁度いいのでそいつを喰ってきた。というワケで別段心配はいらん」
その時同時に、わたしの頭の片隅からひとつの情報が引き出され、それは小さなつぶやきとなり、口をついた。
「……あ、それのポッド番号はN-05……? その信奉者の夫、だっけ……」
「そのせいで理性とやらを取り戻して、暴れたとかいうのか? ふん、つまらん」
「あ、いえ単なる独り言で……。パピヨン様がお気になさるようなコトでは……」
あわててわたしはクチを挟んだ。すると、パピヨン様はその鋭い眼(まなこ)でこちらに見やると言った。
「お前が言うと、気にしてくれと言わんばかりだな」
そのまま短い無言の時間。そしてパピヨン様はわたしに問いかける。
「お前はヒトを喰わないのか」
わたしは一瞬問いにつまった。わたしは小さくだが、クチを半開きにして静止してしまった。
「食べなくても……平気です。半分は人間ですから、純粋なホムンクルスより人喰いに欲するエネルギーは低いので……」
「ならばヒトを喰いたい衝動はないのか」
わたしは……、小さい声で答えた。
「…………僅かながら」
パピヨン様は再び問いかける。
「喰うことに対して、怖れでも抱いているのか?」
「……恐怖かもしれないし、言い換えてしまえば別のコト、です」
「もったいつけるな。まどろっこしいのは嫌いだ」
パピヨン様は、とまどいよどんだわたしの口調にいらだち、せっつかせた。
「ハーフ・ホムンクルスですから。……ヒトを喰わない存在が混濁している故、ヒトを喰うことは理性への浸食です。……ですから、人喰いを拒否することが理性の確立に繋がっているのかもしれませんね……」
「……つまりソレを認めているなら。理性と相反する心の暗黒面……、欲望に引きずり込まれるのは簡単ということだな?」
パピヨン様は意地悪のつもりなのか、軽く、くっくと含み笑いをした。
でも。
でも、わたしは自分の理性というものは、触れたことはなかったのだろう。
わたしは生まれてすぐ、フラスコの中に入れられて。
それはつきささるようなつめたい痛さで、わたしを取り囲むことしかしてくれなかった。
そこでもたらされた自身の肉も、やっぱりつめたくて。
さらにバタフライが、追い打ちのようにつめたい欲望の炎をたっぷりと注いだりした。
あまりに辛く痛い仕打ちだったので、わたしは自分で自分の心を凍らせ、それ以上の黒い浸食を防いだ。
心が止まってしまったから、理性も、感情も麻痺してしまった。
だからわたしは、バタフライの非情な命令にも従えることが出来た。
――それゆえ、さらに心は凍ってしまって、わたしの時は止まってしまって。
わたしはホムンクルスよりホムンクルスらしいホムンクルスになっていて。
どんどんと心は氷でくるまれていってしまった。
それはもう溶けることはないだろうと思っていた。
けれども。
わたしから持ちかけた行為だけれども。
僅かなチャンスというもの、それにすがりたい気持ちは持っていたらしい。
それがパピヨン様の存在だった。
この方と共同戦線尚且つ、わたしは内部で情報提供をしてパピヨン様への力を付けさせる、という。
それはきっとバタフライを斃すことに繋がる、と、保証はないのだが思えていた。
そうして契約をするべく、肉体を切り開き、熱い血液を流したそのとき。
この方に肉体、いや心の核というものに触れられてしまったらしい。
それはわたしが生まれてからわたし自身も一度も触れ得なかったものである。
バタフライを斃すという、その目的が同じだっただけなのに。
なんていうことだろう。
わたしはこの方に取り込まれてしまったらしい。
★★★
帰蝶はなんとなく感じていた。
この主には……、そう。これから永遠にも似た時間を尽くしていくのかもしれない……と。
そうなのだ。
それはもはや義務ではなく、自分が欲していた……、恋慕の感情であった、というとに気がつくのは、もう少しあとのことだった。
【2008/06/24UP★『羽の帰る場所』・了】
(2006/1/12)・(タイトル改題…2006/6/13)
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『あとがき(2008/6Ver.)』
これはピリオドで打ちのめされやしないかと思ってあせって書いた作品でしたね(^_^; もー打ち切りでへろへろふにゃふにゃになってたのよ〜(泣) あれで更新しばらく止まってたから。ヘタレですので。
と、いうかこれ書き直したら3話目の後半がほぼ別物になりました(笑) いやもう一人の世界に入ってわけわからん状態になってましたので(爆) 文字モノはもうすこし分かり易く書こうね……。絵がないんだから……。
つかこれってもしかして帰蝶恋愛シバリのハシリ……だろうか? うほう。
で、なんで風呂シーンがあるかというと、風呂場でネタを思い付いたからです。それだけ。
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学
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