武藤カズキとの決着を着けて一週間。
俺はこのパピヨンという名で、この世界を生きる事にした。
一度全て燃やしてしまうと考えた事もあったが、今思えば手間以外の何物でもなかったな。
誰の目にも止まらなかった蝶野攻爵という男は、今では誰の目をも奪う超人パピヨンという存在になっていた。
すれ違えば誰もが振り返り、空を羽撃けば誰もが空を見上げる。
俺にとって、今の生活は蝶・サイコーと言える。
「目標発見!」
そう聞こえたかと思うと、腹に強烈な一撃……もとい、女がぶつかってきた。
「ゲホッ! また貴様か、武藤まひろ……」
ひょっこり顔を上げるのは、俺の宿敵、武藤カズキの妹、武藤まひろだった。
どういう訳か、この頃俺の周りをウロチョロしている。
「なぜここが分かった?」
ここは人の賑わう街の中。ここで特定の一人を見つける事は普通の人間には無理だ。
「その格好ならすぐに分かるよぉ」
武藤まひろは俺の蝶々の仮面と服を指し、腕を組んだ。
「それに私、人探しの達人だもん!」
そしてなぜか誇らしげに頷く。
「フ〜ン。兄妹揃って俺のセンスが分からないらしいな」
俺は俺が気に入ってこの格好をしている。別に理解など求めん。場所が場所なら俺のコスプレしてるヤツもいるし。
「服だけならオシャレなのにね」
――どこまでも失礼な兄妹だ。
「この仮面は取らんぞ。俺が人間を止めた証だ」
武藤カズキはこの仮面だけ、妹は服だけ。半端なセンスだな。
「ふ〜ん。そうなんだ」
「じゃ、俺はここで……」
武藤まひろから背を向け、歩き出す。
「あ、待って!」
いきなり腕を掴まれた。この馴れ馴れしさはどうにかならんのか……?
「……何だ?」
「あのね、今日一日付き合ってよ」
「断る」
俺は俺がやりたい時にやりたい事をする。そこに何人の意見も聞く気は無い。
「……どうしても?」
「どうしても」
観念したのか、俺の腕を放す武藤まひろ。
「あ〜あぁ。ネコニャンコのビッグバンパフェを一緒に食べようと思ったのになぁ」
俺は武藤まひろの腕を取った。
「え?」
――これくらいで頬を染めるな。子どもか……。
何だか嫌な感じだったので、武藤まひろの手を離した。武藤の妹に興味は無い。
「付き合ってやる」
「ほ、ホント!?」
「ビッグバンパフェは口実。何か相談があるのだろう?」
俺の言葉に武藤まひろは目を見開いた。
「……うん」
何だ、適当な事を言ったら当たったか……。まぁ、いい。俺にとってはそっちが口実だ。
ビッグバンパフェというのは五人から八人前の巨大パフェだ。この体になったら食べに行くと決めていたが、すっかり忘れていた。しかも女である武藤まひろがいるのなら、更に好都合。
「付き合ってやるからさっさと行くぞ」
「うん!」
右腕を差し出すと、武藤まひろは嬉しそうに腕を組んだ。
俺達はカップルのように街を歩き、目的の店へ向かった。
――フフン。カップルなら半額だったな。
▽△
「蝶・サイコー!」
この体になって良かった。いくら食べても太らないし、いくらでも口に運べる。
しかし驚くべきは武藤まひろ。人間のクセにビッグバンパフェの三分の一を平気な顔で平らげている。
そのビッグバンパフェももう無くなった。
「おい、もう一つ食うぞ」
「うん! 食べるー!」
俺達はまたビッグバンパフェを注文した。カップルで半額なら、二つ食べてもいいって事だ。
再びテーブルへ巨大なパフェが運ばれると、俺達はスプーンを振り回すかの如く口へ運んでいった。
パフェがもう、半分無くなった所で武藤まひろの手が止まった。
「ペースが落ちているぞ」
「ううん。もうお腹いっぱいみたい……」
よく言う。ついさっきまで満面な笑みで口に運んでいたクセに。
腹に手を当ててみると、さすがのこの体も少し冷えていた。そのせいで腹を壊す事は無いが……。
「それで? 何か話したい事があるんじゃないのか?」
俺の言葉を待っていたらしく、神妙な顔で俺を見てきた。
――この女。思ったより空気を読めるらしい。
「お兄ちゃんの事なんだけど、まだ闘ってるのかな?」
なるほど。本人にもブチ撒け女にも聞けず、俺の所へ来た訳か。
「知らん。武藤カズキに聞け」
「それじゃあ、まだ闘いに関わってるのかな?」
「知らん。武藤カズキに聞――ん?」
何だか言い方がバタフライになってきたな。ちょっと不愉快。
しかし知らないものは知らない。
「じゃあ、お兄ちゃんはまだ闘う力を持ってるの?」
ここでやっと答えられる質問が出てきた。
「持っている。それにアイツの事だ、必要とされれば闘うだろう」
アイツが、武藤カズキが偽善者のままなら……いや、そうでなくてはつまらない。
「いつまで闘わなきゃならないの?」
「知らん。ホムンクルスが無くなるか、錬金術が無くなるか、だ」
「ホムンクルス? 錬金術? それって学校に来た化け物の事?」
俺はロングスプーンを持つと、指でピンッと弾いた。
すると、弾いた先がキレイに裂けて切れた。
「なら、俺も化け物だな」
もう錬金術を手放す事などできない。それを否定するという事は、俺そのものを否定する事に繋がる。
武藤カズキがこの女にどこまで教えているかは知らんが、それこそ俺の知った事では無い。
「私……もう、あんな想いをしたく無いの…………」
その目は普段の武藤まひろの目では無かった。悲しみと恐怖で、瞬きもできないでいる。
そうか……この女も武藤カズキを待ち続けて、毎晩のように月を見ていた一人か……。
――武藤、一番近い兄妹を守りきれていないぞ。
ふと、弟だった次郎の事を思い出した。
あいつは一度だって俺の事を待っていた事は無かっただろう。お互いを思う時、それは探りあいをする時だけ……。
「……下らんな」
「え?」
武藤カズキは偽善者だが、天才じゃない。知らない所で事が起こっていても、それに気がつかないヤツだ。
――なら、少しくらいは手を貸してやってもいいか。何より、武藤まひろのこんな顔を、アイツは望まないし、俺も見たくない。
「武藤カズキは戻ってきた。いつもそうだっただろう?」
「――――あ!」
「なら、お前は信じて待っていればいい。兄妹とはそういうものだろう?」
我ながら思ってもいない事をペラペラと……キョウダイの仲など俺が知るはずが無い。
……なのに、この女はなぜこうも嬉しそうに笑う?
「うん、そうだね! よかったぁ〜相談して」
「俺はビッグバンパフェさえ食えればそれでいい」
やや溶けかかったパフェを口に運ぶ。
負けじと武藤まひろもスプーンを手に取った。
「ねぇ、また相談に乗ってくれる?」
「……フム。これよりでかいパフェを知っていたらな」
「あっちゃ〜それは知らないなぁ」
「なら、探しておくんだな」
とうとう二杯目のパフェも食べ切ってしまった。
俺はいいとしてこの女……胃袋だけ超人並だな。
「……さて、用件は全部済んだし、帰るぞ」
「パピヨン……もしパピヨンも相談したかったら、いつでも言ってね?」
「フン、お前の頭では理解できない悩みばかりだ」
武藤まひろは、ペシンッと自分の頭を叩いた。
「それを言われると弱いなぁ〜。…………でもね、パピヨン。私はあなたの名前は知らないけど、仮面の下の顔はまだ覚えているよ?」
そう言って俺の蝶々の仮面を指す武藤まひろ。
その事実は俺には衝撃的だった。
超人になる前に一度、俺と武藤まひろは顔を合わせている。
だが、その頃の俺は、存在しないに等しい。誰も知らない。背景の一部。羽撃く前のサナギだった…………。
「私ね、顔を覚える達人なの!」
やはり、武藤カズキの妹だと心底思わされた。
「そんなもの、どうだっていい……」
名前は捨てたが顔は捨てられない。俺が、蝶野攻爵が存在した事を、この女は覚えていたのか……。
「覚えていても仕方の無い事だ。さっさと忘れるんだな」
「えぇ〜、そんな事できないよ。だってパピヨンは私のお友達だもん!」
「勝手な女だ……まぁいい。誘ったのはお前だ。ここの勘定は任せたぞ?」
「ええ!」
大声を上げて立ち上がると、急にそわそわして服のポケットを調べ出した。
まさか、この女…………。
「へへ、お財布忘れた」
舌を出すな舌を。そうやって男に貢がせるつもりか?
「仕方の無い女だ」
股間のポケットをまさぐり、財布を取り出す。超人の俺に金は不要だが、エチケットとして持っている。
しかし、財布の中には某ハンバーガー屋のお得チケットしか入っていなかった。
「……無いな。この間全部使ってしまった」
「ええ! どうするの?」
金は無いが、謝る気も金を取ってくる気も無い。
そうなれば、手段は一つ。
「武装錬金!」
エレガントな蝶の羽を背中に宿すと、武藤まひろを抱き寄せた。
「こうするのさ、ニアデス・ハピネス!」
円状にニアデス・ハピネスを作り出し、すぐ隣の壁へ向けて放った。爆破させる以上、爆音はどうしようもない。
ドォォォォン!
壮絶な爆音が反響し、辺り一面に煙が舞った。これで俺も武藤まひろもその身を忍ばせる事ができる。
「行くぞ!」
武藤まひろを抱き上げると、その壁にできた穴から店の外へ抜けだす事に成功した。
「わぁ! ねぇ、いいの?」
「金なんかで俺は縛れない。俺はパピヨンだからな!」
そのまま、武藤まひろと共に大空を舞った。
▽△
次の日、昨日の事が新聞やテレビで取り上げられていた。
なぜか『喫茶店爆破事件』では無く、『空を舞う蝶人パピヨンに恋人発覚!?』で取り上げられていた。武藤まひろの顔は写っていなかったが、俺はバッチリ写っていた。
だが、それこそどうでもいい話。
俺は俺のやりたいように、この世界を自由に生きていくだけ。
それが蝶人パピヨン。
「パッピ、ヨーン!」
俺は俺のやりたいようにやる。
だから、武藤まひろが来たら身を隠す事にしている。
どうしようが俺の自由だ。
武装錬金 パピヨンとまひろ・完
★★★
というわけでこれは『
時空の穴』の影利さんのクリスマスプレゼントリクエストという、なんとも有り難いものだったりします(-人-)なーむー〜。影利さんありがとうございました!!!
つかぱくぱくパフェを食べるパピヨンの何て可愛いこと! わたしを悶え苦しませるつもりですか?←あのな ……いえ、それはおいといて。うーん、まひろは書いたことはあるけど、このシチュはわたしには思い付かないよーな視点のお話しだったので、新鮮でした! やっぱり男性ゆえの思考かなーと思ってしまいました。
……ていうか。ごめんなさい、折角書いていただいたのに、実はこの話のまっぴーに嫉妬しまくりでした、ごめんですm(_ _;)m あうあう。だって羨ましいんだもん……、ぐっすん……。